虎に翼弟直明の岡山の進学校寄宿舎は旧制第六高等学校六稜寮

朝ドラ「虎に翼」弟の猪爪直明の岡山の進学校寄宿舎は旧制第六高等学校六稜寮!
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2024年前期連続テレビ小説:朝ドラ「虎に翼」

朝ドラ「虎に翼」の主人公:猪爪寅子の成績優秀な弟:直明が帝大入学を目指すにあたり、

岡山にある進学校の寄宿舎に猪爪家をでました。
 
朝ドラ「虎に翼」では、この進学校についてはどこか?全く触れないだろうと筆者は考えています。

そこで筆者が、当時、岡山の進学校として実在した旧制第六高等学校と、寄宿舎の六稜寮を紹介します。

また、令和の時代に現存する、旧制第六高等学校の

  • 書庫
  • 柔道場
  • 校門

や、旧制第六高等学校の誘致にあたり、岡山と広島の国会議員によるバトルも紹介します。

「帝国大学入学を目指す弟:猪爪直明が岡山の進学校にある寄宿舎に入るため猪爪家を出る」

と朝ドラではそこまでしか扱わないので当記事では、その進学校と寄宿舎である、

旧制第六高等学校と六稜寮についてさらに詳しく紹介します。

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目次

朝ドラ「虎に翼」弟の猪爪直明の岡山の進学校はどこ?旧制第六高等学校?

旧制第六高等学校は、1900年(明治33年)3月に岡山県岡山市に設立された官立旧制高等学校です。

略称は「六高」(ろっこう)と呼ばれていました。

1886年 – 87年の高等中学校7校(うち5校がナンバースクール※高等教育機関の一つである旧制高等学校の中で、数字を冠した学校群のこと)の設立後、

高等学校令に基づき新規に設立された旧制高校としては最初の学校でした。

六高は、文科・理科からなる修業年限3年の高等科を設置し、卒業生の進学先は東京・京都の両帝大にほぼ二分されていました。

運動部の活動が特に盛んな高校として知られ、インターハイ(旧制)ではほとんどの部が全国優勝を勝ち取っていました。

また、実践を重んずる校風があり、政財界や法曹界に数多くの人材を輩出していました。

1945年6月の空襲により校舎などが焼失し、その後は完全に復興されず、1950年3月に廃校となりました。

その後、新制岡山大学の前身校の一つとなり、法文学部・理学部・教養部の構成母体となりました。

現在、かつて六高があった場所には岡山県立岡山朝日高等学校があります。

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六高当時の建物:書庫・柔道場・校門が現存

当時の建造物のうち書庫・柔道場・校門が現存し、校内には六高記念館が設置されています。

このように、旧制第六高等学校はその歴史と伝統を通じて、現代の教育機関にも大きな影響を与えています。

書庫

柔道場

校門

六高記念館

岡山県立岡山朝日高等学校にある「六高記念館」は、旧制第六高等学校の資料収集、展示施設として、同校の卒業生の方々によって建てられました。

内部には六高をしのぶ各種の資料が展示されています。

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旧制第六高等学校の六稜寮

旧制第六高等学校の寮である「六稜寮」は、学生たちの生活の中心であり、その名は校地が位置する岡山市中区古京町の操山の麓、通称「六稜」から取られました。

六稜寮は、学生たちが学問に励むだけでなく、互いに深い絆を育む場所でもありました。

1945年6月の空襲により校舎などが焼失し、その後は完全に復興されませんでした。

広島と岡山の衆議院議員による六高誘致が過熱

旧制第六高等学校の誘致については、岡山県と広島県がその座を争い、

帝国議会では両県の代議士が議場の外で掴み合いになったほどといわれています。

この出来事は、旧制高校の誘致争いがどれほど熾烈であったかを示す象徴的なエピソードと言えます。

具体的には、岡山県選出の衆議院議員・石黒涵一郎と、広島県選出で同じく衆議院議員の井上角五郎が殴り合いになった事件がありました。

この事件は、誘致運動が加熱しすぎた結果起こったもので、当時の両県の誘致にかける熱意が伝わるエピソードです。

このような激しい誘致合戦の末、最終的に旧制第六高等学校は岡山県岡山市に設立されました。

そして、その後の六高の歴史は、多くの優秀な卒業生を輩出し、現在の岡山大学の前身となるなど、岡山県の教育・文化に大きな影響を与えています。

このように、旧制第六高等学校の誘致合戦は、その後の岡山県の発展にとって重要な出来事であったと言えるでしょう。

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主な卒業生

旧制第六高等学校の卒業生は、政界、官界、法曹、財界など、様々な分野で活躍しています。以下にその一部を紹介します。

政界

  1. 宮沢裕 – 衆議院議員、元首相 宮沢喜一 の父
  2. 林譲治 – 衆議院議長
  3. 星島二郎 – 衆議院議長
  4. 中島弥団次 – 衆議院議員(立憲民政党)
  5. 安倍晋太郎 – 外務大臣(安倍晋三の父)

官界

  1. 久埜茂 – 郵政省郵務局長
  2. 松本学 – 内務省警保局長
  3. 次田大三郎 – 内務次官、国務大臣
  4. 今井田清徳 – 逓信次官、朝鮮総督府政務総監

法曹

  1. 岩村通世 – 司法次官、検事総長、司法大臣
  2. 細野長良 – 最後の大審院長
  3. 奥野健一 – 最高裁判所判事
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旧制第六高等学校がある岡山の宿泊施設は?

旧制第六高等学校がある岡山には、岡山城や後楽園があります。

もし、岡山にお泊りになるなら以下の宿泊施設が人気ですよ。

  • 三井ガーデンホテル岡山: 岡山駅から徒歩2分の立地にあり、宿泊者専用の大浴場をご用意しています。ビジネスはもちろん、観光スポットへのアクセスも抜群です。
  • JR西日本グループ ヴィアイン岡山: JR岡山駅と直結しており、雨天時でも濡れずにご来館いただけます。全室Wi-Fi対応で、駅を行き交う列車や夜景も一望することができます。
  • アパホテル〈岡山駅前〉: 岡山駅東口から徒歩6分の立地で、大浴場が完備されています。全室Wi-Fi&有線LANが無料でご利用いただけます。
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朝ドラ「虎に翼」弟の猪爪直明!岡山の進学校の寄宿舎へ巣立つ

小林未来さんのイラスト
猪爪直明(イメージ)

朝ドラ「虎に翼」主人公の猪爪寅子の弟、成績優秀な直明は、岡山の進学校の寄宿舎へ巣立ちます。

理由は帝国大学入学を目指すためです。

直言の年がいってからできた子供への思いは並々ならなものがあり・・

直明が「お姉ちゃんも頑張って。 応援してる。」というと、「出来た弟だこと」と寅子は言います。

ただ・・そこから先のドラマではそんなに扱われないでしょうね・・・

どちらかというと、寅子と花岡との友情に注目がいってた直後の出来事だし・・

(というより、寅子が「弁護士になる」と言ったこどが花岡のプロポーズを遮った?)

登場回数は兄の直道の方が多いからね・・「俺にはわかる」って。

岡山から帰ってくる直明をネタバレ

猪爪直明(三山凌輝さんのイメージ図)

そんな、岡山にいった直明が登戸に帰ってきます。

兄の直道を戦争で亡くし、家族のために、大学進学は諦めて、

体調がよくない父の紹介でマッチ工場で寅子と共に働きます。

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朝ドラ「虎に翼」ストーリーの概要

猪爪寅子のイラスト
猪爪寅子

昭和4年(1929年)、日本初の女性専門の法律学校が開設されました。

そこには、当時の社会に適応できないで、不安や抑圧を感じる女性たちが集いました。

「虎に翼」物語の主人公である猪爪寅子もその一人です。

彼女たちは、「魔女部」と揶揄される学び舎で法律を学び、

自らの職業への道を切り開く覚悟を決意しました。

その法律学校から昭和13年(1938年)、日本初の女性弁護士が誕生しました。

女性弁護士の一人にもちろん、寅子もおり、彼女たちは全国的に注目を集めました。

でも、彼女たちが弁護士として社会に進出した時節、日本は戦争への道を歩み始めていました。

彼女たちは法律の知識を得た翼で羽ばたこうとしましたが、

その翼はもぎ取られて、失速してしまいました。

昭和20年(1945年)、焼け野原の中で立ち尽くす寅子は全てを失いました。

でも、過去に学んだ法律だけが、生き抜くための糧でありました。

寅子は裁判官になることを決意し、

戦争で亡くした親や困難に立ち向かう女性や子どもたちのために、

家庭裁判所の設立に尽力しました。

そして、寅子はついに裁判官となりました。

寅子と仲間たちは、政治や経済では解決できない、

困難に立ち向かう人々の世界を理解し、

その苦境から救うために情熱を持って取り組みました。

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虎に翼弟直明の岡山の進学校寄宿舎は旧制第六高等学校六稜寮!まとめ

朝ドラ「虎に翼」の主人公:猪爪寅子の弟:直明が帝大入学を目指すにあたり、岡山にある進学校の寄宿舎に猪爪家をでました。
 
朝ドラ「虎に翼」では、この進学校についてはどこか?全く触れないだろうということで、

当時、岡山の進学校として実在した、旧制第六高等学校と六稜寮を紹介しました。

最後までお読みいただき誠にありがとうございました。

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